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変わらない。古い話で恐縮だが、かつて電話があまり普及していなかった時代は、会いたいと思えば不意に友人を訪ねて行くことが普通であった。不意に友人が訪ねてきても、人はそれに十分に対応できたし、それが日常であった。今は、電話やポケベルで相手の予定を聞かなくてはいけない時代になったし、不意に友人を訪ねるなどということは許されない社会になった。便利さ豊かさの中で我々が失ってしまったものはいくつもあるが、「いつでもどこでも」は、こと日常の人間関係においては我々もある意味で幅が狭くなってしまっているようである。だからこそ、青年の家が持っている“人間の絆を強くする”という良さが求められる所以ではないだろうか。教育環境の人間化が叫ばれている中で、共に食べる・寝る・遊ぶ・風呂に入る・仕事をするといった活動は、人と人との絆を作るうえで最も基本的な要素である。
第15期中教審の第一次答申では、これからの教育の在り方について、「ゆとり」の中で子供たちに“生きる力”をはぐくむことを全面に押し出している。大学の大衆化による本格的な高学歴社会の到来によって、学歴のみならず“学校歴”が問われるような風潮も生まれ、かつては大学入試・高校入試がその象徴であった「受験戦争」も、一部ではさらに先鋭化した。今や“名門”と呼ばれている私立の中学校や小学校に入るために行われる過熱した競争が、様々な形で報道されるようになった。このような状況が子供たちや青年から生活体験・社会体験・自然体験のための時間を奪い、一方ではテレビやテレビゲームなどに時間を費やすため、疑似体験や間接体験の時間が生活の大部分を占めるようになった。しかし、人間の知識には、間接体験や疑似体験で蓄積されていく性質のものと、直接体験でしか得られないものも2種類がある。そして、疑似体験や間接体験では、少なくとも“生きる力”は育たない。自然の中の活動や相互の人間関係から、確かな“生きる力”がはぐくまれていくのである。今の青少年に最も欠けているのは「豊かさではなく、貧しさ、不便さの体験」「温かい保護でなく、汗を流し、泥にまみれる試練の体験」「成功体験ではなく、己のふがいなさを知る失敗体験」「受け身でなく、挑戦する心を育てる体験」である。
豊かではあるが、どこか歪んでいる社会環境が青少年を取り巻くさまざまな問題の源泉となっている。このような状況を青少年が乗り越え、たくましく成長し、ともに生きる社会を築き上げることが、彼らにとって楽しく住みやすい未来を作ることにつながっていると思われる。このような歴史的・社会的背景をふまえ、「青年の家」が、生涯学習社会においてどのような役割を果たしていくべきか、また、現代の青年が生き生きとして活動できる青年の家とはどのようなものかを考察していきたいと思う。
■青年の家の今
1. 青年の家は「生きる力」をはぐくむための重要な基地である
第15期中教審の第一次答申では、今後における教育の在り方の基本的な方向について、「生きる力」をバランスよくはぐくんでいくことが重要であると述べている。その中には、美しいものや自然に感動するといった感性や、ボランティアなど社会貢献の精神、さらには科学的な考え方などの合理的精神を含んでいると述べている。また、青少年には直接体験の機会が不足しており、過度の受験競争はその対象を低年齢化させ、子供たちから心のゆとりを奪っており、

 

 

 

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